2014年10月9日木曜日

ももと満月までの8日間。1)中の男



もも、は必死に遊歩道を歩いていた。壊れた信号が余計に彼女の神経をペロリと舐めていく。
信号が壊れてるなんてあり得ない。日本じゃ絶対にあり得ない。と心の中で二回つぶやいた彼女は、それで自分に対するひどい仕打ちに少しでもリベンジできたと思って満足した。

ちなみにもも、とは偽名である。昔の彼女の同僚が「あんたはももレンジャーみたいだ。くねくねしたり、うふん的な女らしさをアピールするが、中には男が入っている」と言った。彼女もその話は納得した、という経緯を知っている著者が気を利かせて付けた偽名だ。本人がももと呼ばれていることは知らない。名前というものは、本人以外が本人と他人を区別する為に他人が使う記号なのでかまわないと断定する。多分ももも納得するだろう。わかりのいい女だ。

さてももは、わかりのいい女だが、疲れやすい女でもある。美しいビーチから体を砂だらけにしてホテルへ戻る道は、まるで「おもいこんだら」を引く星飛雄馬のような気分にしてくれる。ここはもともとリゾート開発された場所だから、ホテルは全て坂の途中にあり、山の背面に座るかの様にして立っている。しかも白いから眩しい。こんな暑くて遠くて眩しい急な坂道、なんのために作ったんだ。はい、私のためです。一人ぼけつっこみも手慣れたものだ。

ももには旦那がいる。「もう自分には嫁がいるから、わざわざおしゃれしなくてもいいだろう」というのが口癖のトトロだ。もちろんトトロも偽名である。トトロが多分「早く人間になりた~い!」という夢を叶えたのなら(それが夢かどうかは別として)まさにこうなる、といった風貌の男だ。

トトロはしかし、車の運転もできる。しかもマニュアルだ。レンタカーを借りた翌日、スペインのレンタカー事情など知らないももとトトロは、まず手に入れたキーからどうやってエンジンをスタートさせるのか、からわからない。2分ほど浦島太郎になったあと、島の反対側までのドライブが始まった。

トトロが「ここは日本ではないか」という程いろは坂な上り道をセカンドでぎゅんぎゅん登って行った。しかしももはこの日本説を断固として拒絶する。「鏡がない」のだ。対向車を確認する鏡がないから、向こうから車が来たら恐ろしく恐ろしい道。しかも時々道の向こうが天空だったりしてますます怖い。皆さん、誰もいないところで車がクラクション鳴らすの許してちょうだいと祈るもも。トトロも「ブレーキかけるの手伝ってくれてるのは嬉しいんだけど、全く効果ないから」と言われる程、全身硬直してエアーブレーキをかけまくっていたのだった。中の男は心でつぶやいた「ちっ」が聞こえなくてよかったと安堵しながら、道はチョリゾーペーストへと続くのであった。

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