2013年3月4日月曜日

脚長おじさんの着物。



今すっごい勢いで、男物の着物をお直し中。
お直しと言っても、通常の着物のように「ほどけばホレ元通り~」なお直しじゃなくて、

がっつり切って、しかも縫い目の端はジグザグミシンで始末

というかなりおおざっぱな処置、展開中。

そもそも、この着物は私の母の父、すなわちおじいちゃんの着物。
おじいちゃんが亡くなって、もうかれこれ20年以上。
しかし誰にも着物は処分できず、茶箱(古い!!)の中にひっそりと眠っていた物だった。

ウールだから穴もちょっと空いてるし、袖の端っことかにはすごいホコリの玉が入ってたりもしたが、まだまだ現役。

この着物は売りたくないから、色々と使えるレンタル用の着物にする予定。
しかし。男物の着物には大きな問題がある。

男物の着物は、おはしょりをしないで着る、いわゆる「付いた毛対丈」で着るのだ。
昔の日本人の男性の身長は低かった…。
リサイクルショップなどをまわってみても「あら、これ162センチの私にぴったりー♪」なサイズしかない。
女の私に合っててもしょうがないさね。

ちなみにうちの旦那は身長193センチ。もう合わないのは承知の上なので諦めてるけど、
せめて180センチくらいの人までががんばって着られるくらいの丈の着物がほしい…と思って作ってる。
スウェーデン人男性の平均身長は180センチらしい。平均でそれかよ!!

着物にはさみを入れるのは、毎回躊躇するけど、今回はさくっと軽く入った。
というのは、このお直しをすることで、おじいちゃんの着物がまた誰かに楽しんでもらえる着物に変身すると思えるから。

まだまだ現役で使ってほしいから、穴も直し、丈もなんとか直し、立派なアンサンブルになるように心を込めて「ミシン」を使用中。(笑)
だって横のラインはミシンじゃないと構造上補強できなかったんだもん。
縦のラインは手縫いでちくちくしまっせ。もちろん。

さてさて、スウェーデンの脚長おじさんたちを「粋な」「着流し」に仕上げられますかね。楽しみ。

…って言ってるうちにできちゃった!!

意外に足し布のところが目立ってる様にも見えますが、羽織を着るので隠れるということで。写真でも見えないでしょ。
ただバランスが悪くなっているのは承知の上で、実際180センチの人に試したいものっすな。

旦那のバンド練習に見学に行って、誰かに着させちゃおうかなあ?

2013年2月28日木曜日

50歳の誕生日に、フュージョン!


月曜日、旦那の妹さんの50歳の誕生日で、誕生日パーティに行って来た。
事前に旦那から「主役じゃないから着物禁止令」が出て、ウェイトレスみたいな黒いワンピースで参加。(泣)でも面白かった。

スウェーデンだけなのかは知らないけど、こちらでは50歳の誕生日を盛大に祝う。
こちらに来た年には、旦那の友達とその奥様の合同誕生日会、というのに呼ばれて行ったことがある。何かでかいホールを借り切ってバンド呼んだりして、着席のパーティだったんだけど、私は「なんじゃこりゃ!」って腰を抜かした。

スウェーデン人、やることすげーみたいな。

でもやっぱりそれは人によるみたいなんだけど、今回の妹さんのはホームパーティで、しかもいつも通り家族だけだった。ちょっといつもと違ったのは、飾り付けで「50」とか数字の付いたヘリウムバルーンが飾られ、テーブルには「50」のマークのキラキラがちりばめられてたこと。ちょっとその破片もらって来てしまいました(笑)近所の人にそのバルーンをみられ、花束が贈られてきたという…

今回私が何に驚いたかっていうと、皆からのプレゼントに「これ」があったからだ。

それは「Georg Jensen」のフュージョンという指輪。
Georg Jensenというえば、デンマークの有名なジュエリーとか時計のブランド。スウェーデン人に限らず、北欧大好きな人の人気ブランドだ。

私は今までポカーンとしてて何も考えた事なかったけど、スウェーデン人ってスウェーデンとか北欧デザイン大好きなのね。当たり前か。

食器やカーテンもそうだけど、地産地消的な意気込みを感じる。まあ、日本でもノリタケとか欲しい人はいっぱいいるけどね。(笑)

そこでフュージョンリングですよ。こんなの変わったデザインが好きなアメリカ人ぐらいにしか受けないと思ってたけど、そんな事ないっす。地元で大人気っす。

というか一種のステータス扱いされてて驚いた。
というのも、妹さんの旦那のパパの再婚相手も偶然その日同じフュージョンリングをしてたのだ。

でもって私が冗談に「じゃあ私の50歳の誕生日にもプレゼントしてもらおうかな」って言ったら。
旦那が「いやいや別に誕生日プレゼントでなくても明日にでも買ってあげるけど?」的な金持ち発言をしたので、どん引きした(笑)何かのろけブログになってしまって本意が伝わらないのだけれど。(笑)

全く持ってジョークだったので逆に安心しましたが。

でもって、その義理ママも「50歳になったら。あやにも買ってあげなさい」とか旦那に言ってて、トリプルびっくり。
そうなんですか。この指輪って、そういう位置づけで買うもんなんですか。

昔はやったカルティエのリングの北欧版みたいなんですかね。
このリング、組み合わせをいろいろ変えられるみたいなんで、かぶらないのもいいらしい。

何か最近スウェーデンの下の方ばっか見てた自分ですが、ちょっとハイソで敗訴な(笑)世界を垣間みれました。

2013年2月24日日曜日

フィンランド語とリンゴの木。


土曜日は、旦那の親戚のパーティがあったので、着物で行ってみた。
旦那はスウェーデン人だけど、もとはフィンランド人なのである。
多くの親戚が旦那の両親のようにスウェーデンによい仕事を求めて移住したのだが、
フィンランドに残った親戚もいるわけで、そのフィンランドに残った親戚とその子供達がスウェーデンに来るというのでいっちょパーティでもすっか!となるのである。

前にも書いたかもしれないが、私の旦那の親戚に限っては、集まるとスウェーデン語ではなくてフィンランド語が飛び交う。ぴっぴぴっぴとかピーターパイバーとか言っている(ように聞こえる)。私はフィンランド語は「こんにちは」と「乾杯」と「興味深いです」、の3語しか知らないのでお手上げになる。

フィンランド人は、割とスウェーデン語を話せる人が多い。フィンランドには標識もスウェーデン語のものがあるし、一部の国土にはスウェーデン語が公語のところもある。(かなりなまってて聞き取りにくいですが)だからパーティではスウェーデン語で十分済むのだが、まえからずっと、フィンランド語はなせたらいいな~とも思っている。結局、結婚して変わった名字がフィンランド人の名前なんで、まあよく聞かれるわけなんですー。

というわけで、親戚のお宅にあった、フィンランド語で書いてある日本のアニメのムーミン(セル画の絵ってことです。そう本に書いてあるのだ)の絵本を借りて来て、旦那と一単語ごとに質問攻めをしてみた。

そうやって勉強すれば少しはわかるけど、24時間旦那の膝の上に乗ってるわけにもいかないし(笑)、なんとかならないものかしら?日本では大きな書店でフィンランド語の本探してみたけどなかったし。

やっぱり当分は膝の上学習でがんばるか(笑)



さて、日曜日は予定してた家族イベントがキャンセルになったのだが、旦那が「リンゴの木をどげんかせんといかん」と言い始めたので、しかたなく手伝う事に。しかも、立派な「しばかり」またの名を枝拾い。しかも2日連続です。まだ雪深いなー。

庭にあるたった一本のリンゴの木。この木、一本の木から4種類の違うリンゴがなるんですよ、奥さん!!
まあ、前に住んでいた主が4股に分かれた枝に4種類の違うリンゴの枝を添え木した訳なんですが。
元の幹がリンゴの木じゃないのは、ちょっとでもリンゴの木を知っている人なら常識なんですってねー。知らんかった。

よく見ると、一枝ごとに葉っぱの色も枝の節の感じも違う。
勿論無農薬ってか何も手入れしていない。
こうやって冬の間に枝を剪定しておくだけ。(夏にもやるらしいが)
するとどうでしょう。なんとも立派な「からすのおやつ」がたわわに実るのでございます。

というのは、からすがひと突きでもしたリンゴは、衛生上良くないとのことで食べられない。くっそ殺したろかからすどもー!

先日日本から買って帰った本の中に「奇跡のリンゴ」の木村さんを書いた本があって(まあリンゴの木を持っていたからこそ興味がわいたのだが)嗚咽しながら読み終えた。

たった一本、しかも人が手入れした後、しかもそれで収入を得ていないわけだから全く状況は違うけど、猫に登られ、小鳥にふんをつけられ、雪に埋まっても、それでもすっくと立ってるこのリンゴの木に敬意を持って接したくなるわけですよ。リンゴの木は偉いです。今年も実を付けてくれます様に。

今日は、切った枝に花のつぼみがあったので(旦那いわく、切るのが遅かったらしい)花瓶に生けて、花を待ってみる予定。
あれ。でもリンゴの花が咲くのはいつだっけか??

2013年2月23日土曜日

「Tjej」発言に踊る着物女子。



今週の水道問題は、いよいよ困った事になってた。
水曜夕方突然の断水。しかも出かけるのに!もう外は真っ暗だし、電話した工事担当のおっさんはもう家だったみたいで、後ろから子供の声がしてた。

申し訳ない…と思いつつ、翌日まで水がでないととっても困るので、なんとかしてもらいに来てもらった。スウェーデン人でも夜7時とかに働いてくれることに驚きつつ、なんとか水を使える様にしてもらってほっとした。

結局表に出しっぱなしにしてたホースの中の水が夕方になって凍ってしまってたようだ。冬に水道工事する意図がわからん。昨日も夜の9時半にまたショベルカー出動してた。他の家が断水してたのかな。

で、このとき電話に出たおっさんが最初「外に出て、どこどこをチェックしろ」というのだが、それがどこだかわからない。外にでて近くにいた、自称「シャベルカーを直すだけのために来た人」という若くてかっこいいスウェーデン人に電話を変わってもらって、いったどこをチェックすればいいのか聞いてもらった。

その時ね、その若くてかっこいいスウェーデン人の男性が「今あなた(電話の相手)と話した”Tjej”がね~」といいたもうた。

「Tjej(女の子)」ですと!初めて聞いたかもしれない、その美しい響きの代名詞を(笑)
当日はあまりの嬉しさに電車でニンマリしてた。ありがとうお兄ちゃん(はーと)人間は人間に喜びを与えてもらえるものなのだね。

着物着てたのに。若く見えたんだろうか?でも若く見られて喜ぶってこと自体おばさんの発想だなあとも思う。でも、いつまでも「女の子」でいたいですよ。着物女子でもいいな。(笑)


さて、着物といえば、今週から毎日着物を着ている。
どういう風のふきまわしか、自分でもわからない。(笑)

日本に一時帰国して何となく気持ちが変わったのと、何か意地みたいな気持ちが湧いて来た。移住して3年目、まだまだ開き直るには経験不足すぎですが。

もしスウェーデンでスウェーデン人にとけ込もうとしても無駄なのであれば、もう不毛なことはしねーぞと。どんなにスウェーデン人っぽい服装や振る舞いをしても、結局「顔がアジア人」である以上、異星人扱いされるのは仕方のないことなのだと。

じゃあ、もう堂々と「アジア人」として生きようと。着物をジロジロ見られることのストレスなんて、不毛にスウェーデン人ととけ込めないストレスなんかに比べてればなんでもない。コートを着てるから「変わったロングスカートネ」レベルだろうし。

毎日着物を着る事は、結婚したスウェーデン人の旦那に負い目があることは否めない。というのは、旦那はあまり私が着物を着て街に出る事を快く思っていないようだ。一緒に歩いて目立ちたくないらしい。その気持ちはよくわかる。

でも。

人間曲げられないこともあるのだ。それが私のアイデンティティ。たとえそれが

「スウェーデンに来てから気づかされたアイデンティティ」

だとしても。
だから私は、スウェーデンで着物を着る。スウェーデンで独学で学び、ママンやおばあちゃん、親戚のおばさんからもらった着物を自分で直し、スウェーデンで母国の民族衣装を着るのだ。

問題はクリーニング。お直しやサイズ調整は本気でやればできないことはないけど、汚れ落としは得意分野じゃないの。海外で着物を着てる人がどうしてるのか知りたいデス。

2013年2月19日火曜日

すごく久しぶりに投稿です!!

皆さん、と話しかけられる方が果たしてまだこのブログにいるのか謎ですが、帰って来ました、ウクレレあやことAYAでございます。

最後の日付を忘れてしまいましたが、一年ぶりくらいでしょうかね。
でもこのところちょっと「気分一新キャンペーン(笑)」みたいなのがあって、自分でも色々なことをリセットして、始めたい事とかやめたい事とか整理して行こうかなと思っています。

先日、4週間ばかり日本に帰っていました。一年ぶりでした。
何ですかね、あの高揚感…。
日本にはユニクロとダイソーという素晴らしいお店があることに皆さん気づいてください!!

今回ダイソーで2万円くらい使いました…。ユニクロでも2万くらい買いましたね。全部ヒートテックだった、うん。何か、今までの飢餓感をブルドーザーに変えて、物欲をがっつりすくい取ったような。

でもおかげでまた1年は持ちそうです。特にB判系ファンシーノートとか(笑)ヨーロッパの支流はA判系なので、B6判のカワイイノートとかネットで見ててまじで喉から手が出てました。お勉強の気分をあげてくれる、良いお友達になりそうです。近所のガキにみせびらかしてやりてーなー。

さて、今日も外は雪。でも気温はゼロ度とそんなに寒くないですね。(笑)このリアルなおしゃれでもなんでもないボケボケ写真にお隣さんが写ってますけど、もちろんまだまだクリスマスリースは現役です。当たり前ですよ、奥さん。これポスクまでは飾ってますよね、絶対。

最近ずっと朝の7時から家のすぐ外で水道管の工事をしています。がりがりうるさいし、家が揺れて違う意味でちょっと怖いのですが(何かが破裂したりしないかと)、さっき断水も解かれて茶色い水がトイレから出て来ました。何が茶色かったんだろう。ドキドキ。

断水中に一度水を流せたのは、タンクに残ってた水でしたね。それを使ってしまったあと、空になったタンクに再び水がわき上がる時の不気味な音といったら!録音したかった〜ってか録画したかった。何か絶対ホラームービー風に撮れたと思う。(笑)

というわけで、今日はさらりとウォーミングアップということで。
いつまで続くかわからないですが、とりあえずもう少しこまめにブログ書いていこうと思います!

現在の私の状況。
41歳、子供なし、ストックホルム在住。フィンランド系スウェーデン人(54歳)と結婚してストックホルムに引っ越して丁度3年。
こちらでプチ起業し、現在ネットショップ作成中。スウェーデンで着物を扱う仕事を構築中。よしなに。

ウクレレは全く弾いてない…といいつつ、こちらの日本人友達にウクレレ教えてます。あはは。初センセーですよ。

2012年6月28日木曜日

物乞いは金持ちになれるか?



最近、「忙しくしていたい、さもないと何もしてないって自分を責めてしまう」症候群に陥ってる。

自分をせめるのは一番辛い事だから、やめたいんだけどね。


さて、最近どうしても時間が取れたら書きたいと思っていた事を書きたい。

それは、物乞いの事だ。


ストックホルムの街は今、物乞いでいっぱいだ。どの駅を降りても、どの場所を歩いても、老若男女問わず紙コップや小さい紙の箱を置いて(または手に取って)お金がその中に入るのを待っている。日本の「お祈りスタイル」で手を合わせてじっとしている人もいるが、随分役者だなと思う。


特にさすが海外と思うのは、物乞いもアグレッシブで、電車の車内で物乞いをする人たちもいる。

スウェーデンの電車は先にカードなどを読み取ってゲートを通れば、出る時にカードの読み取りはしないので、スキをみて構内に入れれば、どの電車にも乗る事が出来る。ゲートが開く時お金を払った人と一緒にゲートをくぐればタダで入れるのだ。(私は二回これをやられて、背中におっさんの体をぴったりつけられた。本当に気持ち悪かった。以後、改札を通るときは必ず、必ず後ろを確認して入る)

それを利用して、動かない客の間を「お金を恵んでください」と一人一人に話しかけながら練り歩くのだ。


最近会ったのは、システマチックな作戦。

まず、身体障害者の子供の写真と自分の状況を簡単に(スウェーデン語で)書いた紙をシートに座っている乗客に渡していく(または膝に置いて行く)。そして戻ってくる時その紙を拾いながらお金を乞うのだ。写真の紙はネットで拾って来た。こういうのを皆持ってる。(笑)そして皆同じ書体、同じ文章。


ある時たまたま隣に座っていたスウェーデン人のおばさんがその紙を見たとたん、めっちゃ怒って騒ぎ出したことがある。何でも「私知ってるわ!これは嘘よ!その紙とおんなじ紙を配ってた人が他にもいたもの!この嘘つき!この子はあんたの子供なんかじゃないでしょ!お金なんか絶対やるもんか!」だそうでである。確かにそのプリントされた紙は防水加工した(笑)、いかにも「長く使おう感」みえみえのカードなのだ。

でも、私なんかは最初から無視なので、逆にしっかり怒ったりしっかり相手をしてあげているスウェーデン人って結構優しいなと思う。


夏になって特に多くなった物乞い達。どうして福祉が充実してるはずのスウェーデンに物乞いがいっぱいるの?とダーリンに聞いた事がある。ダーリンによると、彼らは組織で海外から陸続きで流れて来て物乞いをするんだそうで、スウェーデン語が話せない人の方が多いらしい。なるほど物乞い倶楽部か。でもその物乞いをすればその人の寝場所と食べ物を確保できるなら抜けられないのかもね、とのこと。さらに、ドラッグ欲しさにお金を乞うのもいるらしい。特に見た目若そうでスウェーデン語も話せるのはアル中かドラッグ中毒らしい。そいつらはすでに酒とドラッグしか見えてないから、働けないのだ。

これが本当かは分からないが、何ということか。アホさかげんに怒りも沸いて来ない。


私がもし今大学生だったら、ぜひとも論文に「物乞いは金持ちになれるか?」について書きたいなどと思う今日この頃。


物乞いは、汚い身なりや身体の欠陥をプレゼンテーションして、道行く人々から「同情」を買い、お金を集める職業である。物乞いは金持ちになれるのか?働かなくてもお金が勝手に自分のところにくるのだ。こんないい仕事はないはずだ。

しかし、物乞いがもし「結構お金貯まったんだ~」などと一度でも話したりしたらどうだろう。そんなことをいわずしてもその物乞いが金持ちになったとわかったら、もうお金は集まらない。道行く人々はお金持ちにわざわざ寄付をしたりしない。可哀想だからお金を恵むのだ。可哀想じゃない人には恵まないわけで、結果物乞いはそれ以上のお金を集める事ができず、金持ちはキープできない、という推論だけど、どうだろう?


いろんなところをまわればいい、というのは実際にやってる物乞い倶楽部の人たちな訳で、もしかして物乞い倶楽部の頭は金持ちかもしれないけどね。


さて、物乞い達は見るからにお金を渡してあげたくなるような見た目を演出しなければいけない。それは絶対条件だ。たまに普通の服を来た若めの女が(でも移民)さっさ、さっさと同じ言葉を早口で言いながら電車内でお金を集めている光景も見たが、まったく様になっていない。物乞いに見えない人は、お金は集まらない。


物乞いとは、心から可哀想な雰囲気をかもしていないと、フェイクだったりそんなに困ってないのだとすぐに見破られてしまう。物乞いも演技力が必須なのだ。心から自分が飢えていて、お金に困っていて、雨風をしのぐ事ができず大変辛い毎日を思っている事を体全体で表現しなければならない。もちろん太ってては絶対にいけない。実は貧乏な人ほど炭水化物しか食べられないから(食べ物で一番安いもの)貧乏な人ほど太ってる場合が多いのだが、見た目はやっぱりダントツ痩せてないとね。


と、ここで急に潜在意識の話に飛ぶが、ということは、身も心もれっきとした立派な物乞いにならないとお金は集まらない訳で、身も心もれっきとした立派な物乞いであるということは、一生物乞いから脱却できない、ということでもあるわけだ。今日はここが論点です。(笑)


お金を集める為に必死になってやっていることそのものが、自らの自己像を作り上げ、立派な物乞いになる夢をしっかり叶えているわけだ。


これでは金持ちにはなれない。なれるはずがない。物乞いとは、物乞いである限り物乞いから脱却できない最底辺の職業だと思う。仕事として考えるならね。(←ここ大事)


私個人の話で言えば、物乞いにお金をあげた事はない。困っている人を助けたいという自己満足を満たすなら他のやり方がある。わざわざヨーロッパを贅沢に旅しながらお金をもらう人たちに協力しなくてもいいだろうと思う。(←やっかんでる(笑))まず第一に、電車の中も道端もそうだけど、あげるかあげないかとという選択をしなくてはいけない状況にされるのが一番不愉快なのだ。だから私はタイランドが嫌いになった。物を売りつけてくる人たちを断りながらビーチに居続けるのは無理だし、そんな思いをしにビーチにきたんじゃないから。


元に戻ろう。

お金じゃなくて、物乞いに飲み物とか食べ物をあげる人をたまに見かけるが、明らかに困った顔をしている物乞いを見ると、結局それってやっぱり仕事なんじゃんと分かっていてもがっかりする。コーヒーもらってもな~とも思うが。(笑)


あと、夕方旦那らしき人が物乞いの奥さんらしき人を迎えに来てて(夫婦でか!と)、誰かからもらったバナナをいる?と奥さんが旦那に見せていたが、旦那がいらないってジャスチャーしてて(何語かわからなかっただけだけど)「おいおいうっかり人が見てるぞ~気をつけて物乞いしなさい!」とアドバイスしてあげたくなったほどだ。(笑)


それだけの時間をそこで費やす暇があるなら、慈善団体にでも出向いて、それなりの保護を受けられるはずだ。少なくとも道端で座らなくても食べ物はどうにかなるのに。


結局物乞いとは、自分の意志でやるものであり、やりたいからやる仕事であり、どうしようもないものなのだ。

今日もその姿を見かけるたび、ガン見(笑)しながら、物乞い達のアイデンティティに直接問いかけている私なのである。

仕事に貴賤はないというが、私は物乞いだけはやりたくない。ってあえて宣言する必要もないが。


でももし何かの政治的なパフォーマンスとして(やるのかよ!!)やるのであれば、「金はいらん、食い物くれ!」って書いてみたい。きっと他の人より意外にお金が集まるんじゃないかと思うのだが。


ひとつだけ、あえて彼らの存在理由があるとすれば、やっぱりそれは「困った人にお金をあげた優しい自分」を感じられる機会を作ってあげた、ということだろう。それはそれで大事な存在理由だけどね。

2012年6月23日土曜日

ウクレレのこと。

スウェーデンのドキュメンタリー番組、エンディングテーマに実はIZのオーバーザレインボウが使われてる。ウクレレを弾かなくなった私にとって、「ビッグC」というアメリカのドラマに使われてるウクレレの曲と並んで、聞くととっても胸が痛む時間だ。


でも今日、ソファーでうとうとしていたら、意外な時間にIZのウクレレが聞こえて来て(再放送と思われ)、胸が痛む前に「ああ、この音色っていいな~私も弾きたいな~」と、ウクレレを始めた頃の純粋な気持ちにようになって聞いていた。さすが潜在意識、頭で考えたことは基本無視なのね。


色々あってウクレレから遠ざかっている私だけど、一ヶ月後にはオリンピック騒ぎの中のイギリスにウクレレフェス参加しに行くんだと思うと、表に出したくはないけどワクワクする気持ちがある。誰も疑ってないけど、表に出さないってことを表に出しておきたい気持ちがある。


他にも仕事のこととか、考えなくちゃ行けない事、やらなくちゃ行けない事がいっぱいあるけど、そういうのにいい訳してウクレレを遠ざけてた自分とウクレレを、もうそろそろ許してあげてもいいんじゃないかって思い始めた。


私が1999年、初めてハワイで買った10万円(それでも安かった方)のウイラニウクレレは今も高円寺で眠っていて、もしかしてカビとホコリにまみれながら私の迎えを待ってるのかもしれない。売るつもりはさらさらなく(よっぽどお金に困らない限り)ただただ待っていてほしいと思うのは男の心情か。


去年、全くウクレレを弾かないのにフィンランドのウクレレフェスにまで行って(旦那が好きだから仕方ないのだ)しかもウクレレの抽選まで当てちゃって新しいウクレレなんかゲットしちゃってどうしようかと思った。しかも主催者の人は私のことを知っていて「AYAに当たって良かった!ウクレレ弾かない人に当たったら悲しいもん」って言われて、思わず返そうかと思ったくらい悲しくて胸が痛んだ。ごめんなさい、私はもうウクレレ弾かないんですって言えなかった。


本当に申し訳なかったので、そのウクレレはムーミンの名札をつけて、今年のイングランドのお供にと思っている。あんまりいい音ではないけれど、もしかしたら弦を変えれば、私好みの甘い音色に変わるかもしれないなどと、ウクレレ好きのような思考になってたりして…。


イングランドには、車で行く予定。ストックホルムからは軽く日本縦断レベルの距離(ってことは往復で日本一周!)で、今回はオートマに買い替えてまで私も運転する気まんまん。でもちゃんと運転は練習する予定。そろそろスウェーデンでも私が運転する必要性がでてきたので…。


イングランドはホーレスレーのウクレレフェス。どうなることやら全く分からないけど、弾かない事に対する後ろめたさを少し軽減させて、楽しめる夏にしたいと思う。なにより、自分が聞きたい曲を弾きたいと心から思う。