2014年9月16日火曜日

今までの不思議大好き歴。


庭のりんごが収穫時期で、リンゴ酢や乾燥リンゴなどを作っている。毎日が農家のようです。(笑)

さてさて。私は本当に小さいときから、不思議な事が大好きだった。
子供の頃に何かを見たとか、不思議な体験などはしたことはないのだが、中学生のときはすでに「ムー」が大好きだった。(笑)

超能力とか宇宙人とかUFOとか、ノストラダムスの予言とか、ハラハラしながら考えてた。1999年に皆死んじゃうんだったら貯金なんかしなくていいなとか考えてた。(笑)

宇宙に興味を持ったのも中学生だったけど、宇宙飛行士になるとか、Jaxaに勤めようとかはまったくそのときから諦めてた。自分で頭悪いって分かってたし、子供向けのJaxaの会報誌にはどこそこの学校の生徒が見学やキャンプに行きましたって記事が載ってて、選ばれた人と選ばれた学校しかそういうイベントに行けないんだって最初から諦めてたな…。

でも大人になってからもずーっっとこの思いを持ち続けて来たのは、ある意味特技だと言える。
普通の人に、自分がスピリチュアルとか不思議な事に興味あるっていうと、必ず引かれる。信じてないって言われる。
私にしてみれば、未だ宇宙のしくみとかわかってない、癌の特効薬さえないこの世の中で、その人の狭い世界&短い人生でどうして「死後の世界などない。信じない。」と断言できるのか不思議でしょうがないけど。というわけで、ちょっといい人そうだったら小出しして、様子をみて興味なさそうだったら何事もなかったかのように振る舞った。

私がハワイの語学学校に通っていた時、アラモアナショッピングセンターにあるブックオフ様(ブックオフは神様です。)によく通ってたけれど、そこで一冊の本に出会った。それが、ヘミシンクの本だった。

ヘミシンクという音響技術において日本で第一人者である坂本政道氏が出版した、死後の世界をイラスト化した本だった。私は「これで私も死後の世界を生きながらにして遊びにいける!」とコーフンした。この本は、日本に帰ってから霊感の強いウクレレ友達に差し上げました。まだ持ってるかな?

ヘミシンクとは特殊な音響技術を駆使したCDで、それを聞くと脳が変わってあっちの世界の人たちが知覚できてなおかつ交信できる…(ごめんうまく説明できなくて。興味あるならぐぐってくれ。)という誠に怪しいもの。アメリカ発祥だけど、日本語のナレーションも売っていると知り、一刻も早くハワイから帰国してそのCDを日本で買いたい!!ってワクワクしてた。あんなに日本に帰りたくなかったのに。(笑)それが2009年の春だった。

2010年にスウェーデンに移住したが、その時もそのCDを持って来た。ほとんど毎日聞いていたが、私はその時の聞き方が悪かったのか、頭がぼーっとして、スウェーデン語が全く覚えられない事態となった。自分でもおかしいと思うほど、あからさまに習得が遅かった。「そんなの聞いてたら当たり前だよ!」と言われるのが嫌で誰にも言えなかったけど、自分でも焦ってた。死後の世界をはやく知覚したいと思ってた。現実の世界にすでにこうして多大なる犠牲を払っているのだから!

でも、私の能力はあまり向上しなかった。やめた時期もあったりしたけど、ハワイの時から一応続けていた、夢を記録する「夢日記」は気が向いた時やよく覚えている時に書いた。誰も読み返せないぐちぇぐちぇな字だけどね。はは。

その後、日本では、ヘミシンクのセミナーなどに行かずに独学でマスターした人の本やヘミシンクのが自宅学習者向けの本とかが発売された。とりあえず一人じゃないんだ、出版するってことはやってる人も結構いるんだなと自分を励まし、そういった本を時々のご褒美に買って送ってもらったりしてた。

何度か、自分のガイドとコンタクトしたこともある。でも、ヘミシンクをやってる人にとって共通の悩みである「もしかしてこれって全部妄想かもしれない」って思いがいつもつきまとってた。

今までに消えそうな継続の灯火を消さない様にしながら続けたヘミシンクで、私が自分で遭遇した自分のガイドは全員で11名。結構多くない?ほとんど人間の形をしていない。千さんからはもうひとり紹介されたので、今のところ計12名。千さんに聞くと、この方々は全員「妄想ではなく実在している」そうだ。実在って言う意味は暗黙の了解で物質的に、という解釈ではないことを理解してね。

そうなんだ。妄想じゃないんだ。ヘミシンクをやってる人にとって、その妄想じゃない感覚って難しいと思う。でも坂本政道氏が言っているように、「全ての思いは具現化する」わけであるから、先に創造したのか後からつじつまあってきたのか、どっちが先かはわかんないけどとにかく存在するんだよ。うむ。これからゆっくり、彼らの役割を知り、そして交流してもっと仲良くなるつもり。

私はその細くつながった信じる力(ようするに自分が信じてるって信じること)で、これからの人生をかけるというか、自分の人生をそこに乗せてくってことを決めた。今回の帰国で決めた。旦那にも話した。分かってくれた。私はこれを何度目かの自分の人生のターニングポイントと考えた。ターニングポイントって、作るものだったんだね。
そしてそれは、自分が信じる事に自分の時間を費やしていくってことだ。これは、しかししんどい。

はっきりいって、誰もついてこない。でもやる。そして、何故かやれば色んな事がいもづる式にくっついて来て、なんやかんやと色んな事が自分の願ってた事どおりになるんじゃないかって確信もしてる。あくまで、自分が最後まで信じられたら、だけど。

その自分の信頼を勝ち取るために、毎日ヘミシンク。毎日瞑想。毎日ブログ。そしてスウェーデン語のブログも(まだとっかかってないけど)やるつもりだ。
「できるまでやるダイエット」みたいなもんだ。単にできるまでやればいい。そしたらできる。

今は千さんのセッションのまとめと、今後やるべき事のまとめ、そして実際の生活との折り合い方法など考えるべき事&やるべき事はたくさんあるけど、それを考えるとワクワクする。

2014年9月15日月曜日

霊能者に会うために帰国した私です。



写真は、リハビリ施設でのごはん。全部ムース状になってて、しかも添加物の味しかしない。早く旦那の作った料理が食べたかったなあ。

さて。「千さん」という人が日本にいらっしゃる。頭の中に「5人のマスターたち」がいらして、色々スピリチュアルな視点から助言や個人的な相談に乗ってくれるという。前から知ってたけど、何で今まで「会ってみよう」とか考えなかったんだろう。

サイトをみたら、8月の日にちはまだ3席残ってた。うわ!!どうしようどうしよう。スカイプミーティングできないかと問い合わせると同時に、私は思い切って旦那に全部を打ち明けてみた。

今無力感で溢れてること。病気になってから親や親戚に会ってなくて、精神的に孤独になってること。自分のガイドと話をしてくれたり、私の質問に色々答えてくれるカウンセラーに会いたいこと。そしてその人が、医師ではなく、霊能者と呼ばれる人であること。

旦那は、まったくそっちの世界を信じてくれない人であり、今でもそのスタンスは全く変わらない。でも、旦那のすごいところは、わからなくても「認めてくれる」ことだ。これって私にはなかなかできない。旦那の趣味のF1を認めること(笑)とは全然違う次元の話だし。

旦那は、私がその人に会って気が済むなら会って来たらいいと言った。家族にも会ってないし、いい機会だと。ごめん、値段をかなり少なめに言ったのは愛嬌(笑)その相談料、実はめちゃ高い。でも自分のこの死にたい気分を少しでも和らげてくれるなら、そんな金額ちっとも惜しくないと思った。飛行機代もね。

というわけで、スカイプでなく対面でそのセッションを受けることを決めたその一週間後にはもう日本にいた。皆あまりに急で驚いたけど、母親以外には「後遺症も落ち着いたし、ただ皆に会いたくなって。」としか言わなかった。それで十分だ。私の事を知ってる人には包み隠さず話したけど。

その霊能者への相談料を振り込む時、どうしてもスウェーデンから振込が出来なくて、仕方なく母親に訳を話して振込をしてもらった。もちろん最初は「なんでそんなバカなことにお金を払うのー!!」と怒りフントーだったが、それのおかげで娘が帰ってくるとなれば、かなり人に言えない趣味だが仕方ない…と納得いてくれたかどうかは分からないが、最終的には振込をしてくれた。感謝しています。お母様。

久しぶりの日本は少し変わってた。実家の最寄りの路線が何かアーバンパークラインとかかっちょいい名前に変更されてたし、久しぶりに立ち寄った大宮とかもますます駅ビルマンセーになっててびっくりした。エスカレーターは左に並ぶこととか、ICカードは下りるときも出さなくちゃいけないとか、慣れない習慣に戸惑ったりして。あと、実家の冷蔵庫に入ってるものほとんどに何かしらケミカルな添加物が入ってて、玄米食べたいとか、夕飯は出来合いのソースとか使わず一から作るとか言うとビックリされるのも慣れなかった。

そして、病気をしてすごく太ってしまったのと(糖尿病になると痩せるらしいが)すでに気分がスーパーローだったので、いつもワクワクの買い物も特にせず、淡々と実家にいてやることをこなす二週間となった。(最終的に日本語の本を求めて本屋めぐりとなったけど)

それでも、その千さんと会う前と会った後では、世界観が全然違う。まだ半信半疑なこともいっぱいだけど、自分が「なんとなくこうじゃないか」と思ってたことが、なんとなくじゃなくて「はい、そうです」と指摘してくれたことに背中を押された。やっぱり信じていいんだ。

まだ、千さんの相談を運営してる会社にさえも頼まれた感想文を送ってないし、千さんのことを紹介してくれたサイトの人にさえも連絡してないから、もう少し待ってて…私腰が重いの…と念を送りつつ(笑)、少しづつ千さんへの相談内容と回答、そして今の心境やこれからの決意とか、徐々に書いて行こうと思う。

ブログ再開を勧めてくれたのは、なにより千さんと5人のマスターズたちだからね。

2014年9月13日土曜日

脳梗塞になって考えたこと。


先日、日本に二週間ほど帰ってみた。
4ヶ月ぶりの日本!ってすっごい最近帰ったのに、また帰っちゃった。だって、病気しちゃったんだもん…。

5月の初旬、夕食を食べてる時に頭があまりに痛くて、床にのたうち回って暴れた。噛むほどに痛みが押し寄せた。
その時旦那が心配してお水をくれたんだけど、今度はその水を飲んだとたん呼吸困難!!息できない!!死ぬ!!

最初パニック障害でもおこしたのかと思ってゆっくりゆっくり少しづつ息したらなんとか呼吸もできたが、喉に何か詰まらせたんだと思って即病院へ。4時間軽く待って夜中の2時に、私はすとろーくをやったらしいと宣言される。その時にはもう立って歩けない、水も飲めない、つばも飲み込めなくてトイレットペーパーでつばを吐き出すようになってた。

最初喉に食べ物を詰まらせてたと思っていたのに、あとになってそれが脳梗塞の症状でのどの筋肉が動かなくなってしまったとわかった。
とにかくつばを飲み込めないので、ずっと紙に出し続け、一睡も出来ない。水も飲めずに点滴。その後、鼻チューブを経て。胃に穴をあけて液状の食べ物を流す為の「いろう」をつけることになる。写真はそのときの私のメインフード。でも結構カロリーあったよ…。

生まれて初めて、ピアス以外の異物を体に埋め込んだ自分。一人でトイレに歩いて行けない。口から何も飲めない食べられない。話せるけど、気力ゼロの日が続いた。お見舞いに来てくれる人たちには元気に振る舞っていたけど。でも何故か、「もう死ぬのかな」とは思わなかった。もしかして本当に死ぬときって「死ぬのかな」って思わないんじゃないのかな。それで、自分の死を「まさか死ぬわけじゃあるまいし」って否定し続けて、気づかないうちに死ぬ事の方が多いんじゃないのかなって思った。そのくらい実感なかった。ぼーっとしてて。

二週間入院してたけど、結局脳梗塞やる人の割には若すぎるし、原因もまったくわからない。あとは動かなくなった右半身のリハビリだけです、と言われてリハビリ施設に転院。そこらあたりからやっと自力で飲み込みができるようになって、トイレットペーパーでがっさがさになった唇も治ってきてた。

辛かったなー。旦那が毎日来てくれてるの、申し訳ないし、負担だろうと心配する気持ちもあるんだけど、来てくれる嬉しさの方がやっぱり上だった。超心配かけてごめんねダーリン。
皆さん、本当に大切な人には毎日毎日お見舞いに行ってあげてください。本当に。

結局右半身のしびれと筋肉が弱ってしまったこと、そして右半身では温度を感じなくなってしまった。これらはまだ治っていない。そしていろうの痕も残った。

そして、最終的にいろうも取れ(この時のごたごただけでも長くなるからまた気が向いた時に)、歩ける様になってリハビリ施設も退院し落ち着いたころ、どっと「無力感」と「不安感」が押し寄せて来た。

私もしかしてこのまま一生右半身不随?
皆が上着来てる中でTシャツ一枚で気がつかず(温度を感じないため)、違和感丸出しに見られるの?
歩ける事は歩けるけど、もう走れないの?
もう仕事も見つからないんじゃないの?
これからどうやって生きて行くの??

すっごい無力感。そして誰にも相談できない孤独感。旦那には、この気持ちは多分分かってもらえない。

で、二週間ぐらいずっと本気で未来に夢も何もない日々にふてくされて荒れてる日々が続いてたんだけど、ちょっとひらめいて、ある人と会うために日本に一時帰国することにした。
それは、私が好きなスピリチュアルから株式市場まで、面白い情報をたくさん提供してくれる人のブログ(HP)に「いつもその人に自分がわかりえないことを聞いてます」って言うから、興味が湧いて。

その方は「千さん」といって、頭の中に「5人のマスターたち」がいらして、色々スピリチュアルな視点から助言をしてくれるのだそうだ。

私はこの体験で、孤独感や脱力感、むなしさを乗り越え、そしてさらに自分の明るい未来への様々な決意をすることになる。続きます。

※この後、見方によっては本気で頭がおかしい人のブログになりますのでご了承ください。

2014年9月12日金曜日

Oh my ターニングポイント。


最後の更新をみたら、去年の五月だった。わー。
忘れてたわけじゃないけど、色々あったの。本当に色々。

そして今日から試験的に再開するのは、先日私にとって、また何度目かのターニングポイントがあったから。それはおいおい書いていこうと思う。

まずその最後の更新時に書いた「新しいわくわく」な仕事。結局今年は断りました。今年もどお?って誘われただけでも嬉しかったということで。もこの話はしない。って何があった(笑)

アリゾナ。昨年の夏、そのアリゾナに住む旦那の友達が急死した。心臓発作だったようで、当時11歳だった娘さんにとって、私たちと皆でいったグランドキャニオンが最後の旅行になってしまったようだ。人生何が起きるかわからない。

昨年の秋から今年の春まで、私は再び学校へ通っていた。
スウェーデン語と英語。スウェーデン語のクラスは、ディベートがうまくできなくて、三回も3時間テストを受けさせられギリギリで卒業できた始末。でも先生には「AYAのスウェーデン語には問題はないが(←ここ自慢してるつもり(笑))、ディベートがちゃんと出来てない」という。
ジャッジしないで生きようと試みてる人になんて仕打ち!
タダでさえ片方からの視点で見ない様にしようと精神活動してきてるのに、どういうことかしら?

英語のクラスは、最初自分のレベルがよくわからなくて、とてもとても低いレベルのクラスに間違って入ってしまい、一度入るとなかなか上へ行かせてくれない先生の下で勉強するのは辛かった。自分に合ったレベルに近づいてきたら、なんとかマシになったけど…英語の意味をスウェーデン語で言われても分からない自分。よっぽど英語の方が勉強楽しい。スウェーデン語より上達がわかるから。

さて、もうカウンターも生きてないし、誰か読んでる人もいないだろうからひっそり再開するが、タイトルも変えることにした。
これが、ウクレレに変わって、私のこれからの人生の柱になるもの。
このことについて、おいおい書いていこうと思う。

次もまだまた助走、脳梗塞になった話を書こうかな。

私の書くブログは今までも、そしてこれからも、スウェーデンを紹介する内容を期待しても全く出て来ないのでご了承ください。

2013年5月20日月曜日

新しい仕事、始めます。


最近の気流の変化に驚いている。
やっぱりスウェーデンだからか。夏に向かう勢いの激しさよ!
そして冬に向かう足取りの重たさよ

新しい仕事を見つけた。
しかも、自分で探したんではなくて、人から紹介してもらった仕事。
他の国では知らんが、少なくともスウェーデンは「人とにつながりが全てを運ぶ」国である。
仕事しかり、友達しかり、住まいしかり。もちろん面接は頑張ってこなしたけれど。
でもそれは反対に、人付き合いが苦手な人には住みにくいところだとも言える。

ともあれ仕事。
日本人が一番大切にしてるものはお金と仕事で、他の国の人の家族、とか国、とかっていう回答と比べると恥ずかしい…みたいなブログかなんかを読んだが、私もそれは同意する。

しかし、仕事があるのもまた一考。人に会う事は楽しいし、外に出る事も面白いし、なにせこの年になって、まだなお新しいことに挑戦する意欲がある自分に驚いているのだよ。

詳しい仕事内容を書いちゃうと「あれこの人もしかしてあの人」的なことになっちゃうのはメンドイので割愛するが、トレーニングが必要なこと、そして家を何日も空けなくては行けない仕事である。ここがポイント。

今まで自分は何ども「何のためにスウェーデンに来たのかを考えると、旦那と過ごす時間が一番で、仕事を得る為にそれを犠牲にしたくない」と考えてきた。

しかし、私も旦那も結構なお年であり、3年もたって、一緒に居たすぎる気持ちも少し落ち着いたので(笑)刹那的な考えを少し変えてもっと前向きに未来を考えるのもいいかしら?と考えるようになった。そこでこの仕事だ。

夏の間だけの短期の仕事だし、お給料についてもこの国ではいつも不満が残るけど、それを除いたら結構楽しいかもと期待している。

何日も会えなくなったら、きっと旦那がもっと新鮮にみえるだろう。もっと優しくしたいと思う様になるだろう。もっと二人で色んなところに行きたくなるだろう。新しいことを学んでちょっと大人になった♡自分を眩しく感じるだろう…か?

多分、帰ってきたらグチの嵐だろうから、スウェーデン語でグチを言う単語を勉強しとかなくちゃ的な、現実的な今日この頃でもある。

2013年5月1日水曜日

アリゾナとニューヨークへ行った。



アリゾナとニューヨークへ行った。二週間。ブログ更新できなかったいい訳。

アリゾナは、旦那のウクレレ友達が住んでいて、そこにずっとお世話になった。グランドキャニオンに行けて、セドナにも行けて満足。

でも、多くのアメリカ人は「スピリチュアル」とか「エネルギー」とかいったたぐいの物をまったく信じない。どころか、バカにしたりする。肩身狭かった…。

一番近くの店にも歩いて行けないアメリカは、ホストの裁量しだいでどんな旅にもなり、そして大概ゲストの思い通りにはならないのだということを痛感した旅となった。

その土地に長く住んでいると、他の土地に住む人が、地元の何を見たいのか分からなくなる。
地元の見せ場を俯瞰で見れない人のところでは、特別親切にしてくれるのだが、行きたいところになぜ行きたいのか分かってもらえなくて、もどかしい場面が多々あった。疲れた。正直。その家に2匹の犬と2匹の猫が居なかったら発狂してたところだ。

しかし、アリゾナは底抜けに暑くて、サボテンニョキニョキで楽しかった。アウトレット素通りされた時は胃がキリキリしたけど…(泣)

ニューヨークは、行こうと思ったわけでなく、文字通り成り行きで行った。でも、今の私にとって、ニューヨークだろうがなんだろうが、行きたいところはブックオフとユニクロであり(笑)、韓国焼き肉であり、布地屋なのである。

アメリカは安かった。チーズの値段に大層驚いた。クリームチーズ、スウェーデンの半額だぜ。写真はニューロークチーズケーキだけど(笑)

ニューヨークは、英語を使う、世界中から人が集まってくる東京、だった。
それは、そんなに大したほど驚かなかったという意味であるが、それは一度の旅行でしかも極地しか行っていない人がいう台詞ではない。

少なくとも、スウェーデンでは当たりまえにみかけるホッカムリはほとんど見かけなかった。時期的に、場所的に、だろうか。

特にボストンテロの真っ最中で、しかも犯人は次にニューヨークを狙うはずだったとか聞いて、飛行機の乱気流より血の気が引いた。生きてるって素晴らしい。

ニューヨークでうらやましかったのは、やっぱりブックオフがあったこと。あんなに日本の本がいっぱいあって、うらやましいよー。しかも苦労して見つけたきものコーナーで「あなたを待っていたわ」的な本と運命の出会いを果たす。しかも定価の半額で、お得感たっぷり。すっげーよかったナー、ニューヨーク!(笑)

ユニクロでは、主に旦那のシャツを買った。日本のユニクロでは置いてないサイズももちろんあった。いつもならお腹のところがきつきつな(笑)旦那も、アメリカンサイズのユニクロシャツだとブカブカ。わお。これがアメリカンサイズってやつか!すっげーよかったナー、ニューヨーク!(笑)

スウェーデンに戻って来て、ひどい時差ぼけとスウェーデン語が分からなくなってて相当ビビっているが大丈夫。

速攻2足もニューヨークで買った布地で足袋を作った。でもこはぜ(ひっかけるやつ)がなくて、格好悪い。でもあるもので満足する。それがスウェーデンで生きて行く知恵。

今度行く時は、一人で行きたいな…でもそれができない所帯持ち。ああ。

2013年3月26日火曜日

ひと押しのチキンスープ。


よく「こころのチキンスープ」という本を日本で見かけた。
多分シリーズものなのだろう。

私は初めてそのタイトルを見たとき、チキンスープに対して何も郷愁とか癒しとかいうものを感じなかったので、なんてアメリカ的な表現なのだろうと思ったものだ。
「こころのおかゆ」ならわかりそうなものを、と。(笑)

しかしここへきて、本気のチキンスープに出会う事になるとは思わなかった。

ことの発端は、日本人の友達に誘われて、例のギリシャレストランでぼったくられた日のことだ。
彼女は、私が昔にやっていた「にほんごスプロークカフェ」に来てくれて仲良しになった人。

ちなみににほんごスプロークカフェとは、ストックホルムで日本語を話したい人の為に集まってお茶を飲みながらお話する、というミニイベントのこと。
今はストックホルムの一角の図書館と、日本人会主催でやっている二つのカフェがあります。

で、彼女。
双子のボーイズのママでもあるのだが、ぼったくられデーの日、「着物ビジネスどお?」と気軽に聞かれたのでそつなくまあまあと答えていたところ、「実は私も起業したの!旦那様と一緒に!」とのたもうだ。

話をきけば、チキンスープ。
もともと旦那様ファミリーに受け継がれてきたチキンスープのレシピだが、スウェーデンにはおいしいチキンスープのブイヨンがないということで会社を起こし、これを作って売る事を決めたそうな。

私にとってチキンスープのブイヨンとは、クノールのブロック状のものだが、それはあくまで「インスタント」のものであり、本物のスープブイヨンではないらしい。確かに。今までそんなにチキンスープの事を考えた事がなかった。
そのあと彼女は、体にいいとかうんたらが効率よくとれるとか効能?を懸命に説いていたが(かわいいかった!)、単にオーガニックでおいしそうな響きが好奇心をくすぐり、質問攻め開始。最後には彼女らがブイヨンを作っている工場に見学に行かせてもらうことになった。

で、さっき帰ってきた。(笑)工場は私の家から二駅の、とっても近いところにあった。夏なら自転車でOK的な。世界遺産の墓地(といってもとってもおされな公園みたいです)のすぐ近くにある、落ち着いた駅から近い好立地。

工場は思ったよりも広くて、でも小さい工場らしい可愛らしさのある建物だった。そして、ブイヨンを作っている釜を見せてもらった。超いいにおいなんですけど!これ絶対まわりに住んでる人、何作ってるか気になってるはずなんですけど!

スウェーデンでは、箱詰めにされてストレスいっぱいで太らされる鶏ではなく、自由に外を歩き回った「フリーゴーエンデ」という卵や鶏肉に人気がある。(高いけどね)その工場でもこの自由に遊び回った「幸せな鶏」を、ぐつぐつぐつぐつぐつぐーつぐつぐつぐつぐつ野菜とともに煮込む。

お昼時にいただいた、そのスープのおいしいこと!従業員の人の味付けでちょっと辛めだったが、とにかくとにかく美味しかった。これが体にいいって、何か分かる気がした。確かにこの味が「リアルな旨み」を持ってる証拠であり、「リアルなニュートリション」を持っている証拠。

今、オーがニックショップや地元スーパーのICAなどにも置いてもらっているという。学校や病院の給食サービスの会社なども興味を持ってくれていて説明会もしているそうだ。

そして、さらに旦那様は、無料配給の食事として教会などにも配っているそう。ここがやっぱり社会貢献意識の高いスウェーデンです!いやん旦那様すごい!素敵!

でもさ、私もがんばらなくちゃ!って思えるほどウキウキする展開だね!本当に。
聞けば、旦那様は生粋の起業家であり、色々挑戦してきたまさにチャレンジャーだそうだ。かっこいい。彼女も実家が自営業で、自分で仕事を作るということに抵抗がないという。ああ、サラリーマン根性の固まりの我が手を見る…。いや、がんばります!私も負けません!!

心が疲れてるとき、彼女の頑張ってる話で元気になれる。私もがんばろーと思える、背中を押してくれる。彼女らの会社は私にとってきっと「ひと押しのチキンスープ」になるんだ。んでスープを飲めば、体も元気になれると。うん、まさに一石二鳥だ!!

というわけで、その会社の宣伝をここに。こっちは本物の「いち押しのチキンスープ」です。全てスウェーデン語っす。
「StockPot(ストックポット)」