2013年3月4日月曜日
脚長おじさんの着物。
2013年2月28日木曜日
50歳の誕生日に、フュージョン!
2013年2月24日日曜日
フィンランド語とリンゴの木。
2013年2月23日土曜日
「Tjej」発言に踊る着物女子。
2013年2月19日火曜日
すごく久しぶりに投稿です!!
最後の日付を忘れてしまいましたが、一年ぶりくらいでしょうかね。
でもこのところちょっと「気分一新キャンペーン(笑)」みたいなのがあって、自分でも色々なことをリセットして、始めたい事とかやめたい事とか整理して行こうかなと思っています。
先日、4週間ばかり日本に帰っていました。一年ぶりでした。
何ですかね、あの高揚感…。
日本にはユニクロとダイソーという素晴らしいお店があることに皆さん気づいてください!!
今回ダイソーで2万円くらい使いました…。ユニクロでも2万くらい買いましたね。全部ヒートテックだった、うん。何か、今までの飢餓感をブルドーザーに変えて、物欲をがっつりすくい取ったような。
でもおかげでまた1年は持ちそうです。特にB判系ファンシーノートとか(笑)ヨーロッパの支流はA判系なので、B6判のカワイイノートとかネットで見ててまじで喉から手が出てました。お勉強の気分をあげてくれる、良いお友達になりそうです。近所のガキにみせびらかしてやりてーなー。
さて、今日も外は雪。でも気温はゼロ度とそんなに寒くないですね。(笑)このリアルなおしゃれでもなんでもないボケボケ写真にお隣さんが写ってますけど、もちろんまだまだクリスマスリースは現役です。当たり前ですよ、奥さん。これポスクまでは飾ってますよね、絶対。
最近ずっと朝の7時から家のすぐ外で水道管の工事をしています。がりがりうるさいし、家が揺れて違う意味でちょっと怖いのですが(何かが破裂したりしないかと)、さっき断水も解かれて茶色い水がトイレから出て来ました。何が茶色かったんだろう。ドキドキ。
断水中に一度水を流せたのは、タンクに残ってた水でしたね。それを使ってしまったあと、空になったタンクに再び水がわき上がる時の不気味な音といったら!録音したかった〜ってか録画したかった。何か絶対ホラームービー風に撮れたと思う。(笑)
というわけで、今日はさらりとウォーミングアップということで。
いつまで続くかわからないですが、とりあえずもう少しこまめにブログ書いていこうと思います!
現在の私の状況。
41歳、子供なし、ストックホルム在住。フィンランド系スウェーデン人(54歳)と結婚してストックホルムに引っ越して丁度3年。
こちらでプチ起業し、現在ネットショップ作成中。スウェーデンで着物を扱う仕事を構築中。よしなに。
ウクレレは全く弾いてない…といいつつ、こちらの日本人友達にウクレレ教えてます。あはは。初センセーですよ。
2012年6月28日木曜日
物乞いは金持ちになれるか?

最近、「忙しくしていたい、さもないと何もしてないって自分を責めてしまう」症候群に陥ってる。
自分をせめるのは一番辛い事だから、やめたいんだけどね。
さて、最近どうしても時間が取れたら書きたいと思っていた事を書きたい。
それは、物乞いの事だ。
ストックホルムの街は今、物乞いでいっぱいだ。どの駅を降りても、どの場所を歩いても、老若男女問わず紙コップや小さい紙の箱を置いて(または手に取って)お金がその中に入るのを待っている。日本の「お祈りスタイル」で手を合わせてじっとしている人もいるが、随分役者だなと思う。
特にさすが海外と思うのは、物乞いもアグレッシブで、電車の車内で物乞いをする人たちもいる。
スウェーデンの電車は先にカードなどを読み取ってゲートを通れば、出る時にカードの読み取りはしないので、スキをみて構内に入れれば、どの電車にも乗る事が出来る。ゲートが開く時お金を払った人と一緒にゲートをくぐればタダで入れるのだ。(私は二回これをやられて、背中におっさんの体をぴったりつけられた。本当に気持ち悪かった。以後、改札を通るときは必ず、必ず後ろを確認して入る)
それを利用して、動かない客の間を「お金を恵んでください」と一人一人に話しかけながら練り歩くのだ。
最近会ったのは、システマチックな作戦。
まず、身体障害者の子供の写真と自分の状況を簡単に(スウェーデン語で)書いた紙をシートに座っている乗客に渡していく(または膝に置いて行く)。そして戻ってくる時その紙を拾いながらお金を乞うのだ。写真の紙はネットで拾って来た。こういうのを皆持ってる。(笑)そして皆同じ書体、同じ文章。
ある時たまたま隣に座っていたスウェーデン人のおばさんがその紙を見たとたん、めっちゃ怒って騒ぎ出したことがある。何でも「私知ってるわ!これは嘘よ!その紙とおんなじ紙を配ってた人が他にもいたもの!この嘘つき!この子はあんたの子供なんかじゃないでしょ!お金なんか絶対やるもんか!」だそうでである。確かにそのプリントされた紙は防水加工した(笑)、いかにも「長く使おう感」みえみえのカードなのだ。
でも、私なんかは最初から無視なので、逆にしっかり怒ったりしっかり相手をしてあげているスウェーデン人って結構優しいなと思う。
夏になって特に多くなった物乞い達。どうして福祉が充実してるはずのスウェーデンに物乞いがいっぱいるの?とダーリンに聞いた事がある。ダーリンによると、彼らは組織で海外から陸続きで流れて来て物乞いをするんだそうで、スウェーデン語が話せない人の方が多いらしい。なるほど物乞い倶楽部か。でもその物乞いをすればその人の寝場所と食べ物を確保できるなら抜けられないのかもね、とのこと。さらに、ドラッグ欲しさにお金を乞うのもいるらしい。特に見た目若そうでスウェーデン語も話せるのはアル中かドラッグ中毒らしい。そいつらはすでに酒とドラッグしか見えてないから、働けないのだ。
これが本当かは分からないが、何ということか。アホさかげんに怒りも沸いて来ない。
私がもし今大学生だったら、ぜひとも論文に「物乞いは金持ちになれるか?」について書きたいなどと思う今日この頃。
物乞いは、汚い身なりや身体の欠陥をプレゼンテーションして、道行く人々から「同情」を買い、お金を集める職業である。物乞いは金持ちになれるのか?働かなくてもお金が勝手に自分のところにくるのだ。こんないい仕事はないはずだ。
しかし、物乞いがもし「結構お金貯まったんだ~」などと一度でも話したりしたらどうだろう。そんなことをいわずしてもその物乞いが金持ちになったとわかったら、もうお金は集まらない。道行く人々はお金持ちにわざわざ寄付をしたりしない。可哀想だからお金を恵むのだ。可哀想じゃない人には恵まないわけで、結果物乞いはそれ以上のお金を集める事ができず、金持ちはキープできない、という推論だけど、どうだろう?
いろんなところをまわればいい、というのは実際にやってる物乞い倶楽部の人たちな訳で、もしかして物乞い倶楽部の頭は金持ちかもしれないけどね。
さて、物乞い達は見るからにお金を渡してあげたくなるような見た目を演出しなければいけない。それは絶対条件だ。たまに普通の服を来た若めの女が(でも移民)さっさ、さっさと同じ言葉を早口で言いながら電車内でお金を集めている光景も見たが、まったく様になっていない。物乞いに見えない人は、お金は集まらない。
物乞いとは、心から可哀想な雰囲気をかもしていないと、フェイクだったりそんなに困ってないのだとすぐに見破られてしまう。物乞いも演技力が必須なのだ。心から自分が飢えていて、お金に困っていて、雨風をしのぐ事ができず大変辛い毎日を思っている事を体全体で表現しなければならない。もちろん太ってては絶対にいけない。実は貧乏な人ほど炭水化物しか食べられないから(食べ物で一番安いもの)貧乏な人ほど太ってる場合が多いのだが、見た目はやっぱりダントツ痩せてないとね。
と、ここで急に潜在意識の話に飛ぶが、ということは、身も心もれっきとした立派な物乞いにならないとお金は集まらない訳で、身も心もれっきとした立派な物乞いであるということは、一生物乞いから脱却できない、ということでもあるわけだ。今日はここが論点です。(笑)
お金を集める為に必死になってやっていることそのものが、自らの自己像を作り上げ、立派な物乞いになる夢をしっかり叶えているわけだ。
これでは金持ちにはなれない。なれるはずがない。物乞いとは、物乞いである限り物乞いから脱却できない最底辺の職業だと思う。仕事として考えるならね。(←ここ大事)
私個人の話で言えば、物乞いにお金をあげた事はない。困っている人を助けたいという自己満足を満たすなら他のやり方がある。わざわざヨーロッパを贅沢に旅しながらお金をもらう人たちに協力しなくてもいいだろうと思う。(←やっかんでる(笑))まず第一に、電車の中も道端もそうだけど、あげるかあげないかとという選択をしなくてはいけない状況にされるのが一番不愉快なのだ。だから私はタイランドが嫌いになった。物を売りつけてくる人たちを断りながらビーチに居続けるのは無理だし、そんな思いをしにビーチにきたんじゃないから。
元に戻ろう。
お金じゃなくて、物乞いに飲み物とか食べ物をあげる人をたまに見かけるが、明らかに困った顔をしている物乞いを見ると、結局それってやっぱり仕事なんじゃんと分かっていてもがっかりする。コーヒーもらってもな~とも思うが。(笑)
あと、夕方旦那らしき人が物乞いの奥さんらしき人を迎えに来てて(夫婦でか!と)、誰かからもらったバナナをいる?と奥さんが旦那に見せていたが、旦那がいらないってジャスチャーしてて(何語かわからなかっただけだけど)「おいおいうっかり人が見てるぞ~気をつけて物乞いしなさい!」とアドバイスしてあげたくなったほどだ。(笑)
それだけの時間をそこで費やす暇があるなら、慈善団体にでも出向いて、それなりの保護を受けられるはずだ。少なくとも道端で座らなくても食べ物はどうにかなるのに。
結局物乞いとは、自分の意志でやるものであり、やりたいからやる仕事であり、どうしようもないものなのだ。
今日もその姿を見かけるたび、ガン見(笑)しながら、物乞い達のアイデンティティに直接問いかけている私なのである。
仕事に貴賤はないというが、私は物乞いだけはやりたくない。ってあえて宣言する必要もないが。
でももし何かの政治的なパフォーマンスとして(やるのかよ!!)やるのであれば、「金はいらん、食い物くれ!」って書いてみたい。きっと他の人より意外にお金が集まるんじゃないかと思うのだが。
ひとつだけ、あえて彼らの存在理由があるとすれば、やっぱりそれは「困った人にお金をあげた優しい自分」を感じられる機会を作ってあげた、ということだろう。それはそれで大事な存在理由だけどね。
2012年6月23日土曜日
ウクレレのこと。
スウェーデンのドキュメンタリー番組、エンディングテーマに実はIZのオーバーザレインボウが使われてる。ウクレレを弾かなくなった私にとって、「ビッグC」というアメリカのドラマに使われてるウクレレの曲と並んで、聞くととっても胸が痛む時間だ。
でも今日、ソファーでうとうとしていたら、意外な時間にIZのウクレレが聞こえて来て(再放送と思われ)、胸が痛む前に「ああ、この音色っていいな~私も弾きたいな~」と、ウクレレを始めた頃の純粋な気持ちにようになって聞いていた。さすが潜在意識、頭で考えたことは基本無視なのね。
色々あってウクレレから遠ざかっている私だけど、一ヶ月後にはオリンピック騒ぎの中のイギリスにウクレレフェス参加しに行くんだと思うと、表に出したくはないけどワクワクする気持ちがある。誰も疑ってないけど、表に出さないってことを表に出しておきたい気持ちがある。
他にも仕事のこととか、考えなくちゃ行けない事、やらなくちゃ行けない事がいっぱいあるけど、そういうのにいい訳してウクレレを遠ざけてた自分とウクレレを、もうそろそろ許してあげてもいいんじゃないかって思い始めた。
私が1999年、初めてハワイで買った10万円(それでも安かった方)のウイラニウクレレは今も高円寺で眠っていて、もしかしてカビとホコリにまみれながら私の迎えを待ってるのかもしれない。売るつもりはさらさらなく(よっぽどお金に困らない限り)ただただ待っていてほしいと思うのは男の心情か。
去年、全くウクレレを弾かないのにフィンランドのウクレレフェスにまで行って(旦那が好きだから仕方ないのだ)しかもウクレレの抽選まで当てちゃって新しいウクレレなんかゲットしちゃってどうしようかと思った。しかも主催者の人は私のことを知っていて「AYAに当たって良かった!ウクレレ弾かない人に当たったら悲しいもん」って言われて、思わず返そうかと思ったくらい悲しくて胸が痛んだ。ごめんなさい、私はもうウクレレ弾かないんですって言えなかった。
本当に申し訳なかったので、そのウクレレはムーミンの名札をつけて、今年のイングランドのお供にと思っている。あんまりいい音ではないけれど、もしかしたら弦を変えれば、私好みの甘い音色に変わるかもしれないなどと、ウクレレ好きのような思考になってたりして…。
イングランドには、車で行く予定。ストックホルムからは軽く日本縦断レベルの距離(ってことは往復で日本一周!)で、今回はオートマに買い替えてまで私も運転する気まんまん。でもちゃんと運転は練習する予定。そろそろスウェーデンでも私が運転する必要性がでてきたので…。
イングランドはホーレスレーのウクレレフェス。どうなることやら全く分からないけど、弾かない事に対する後ろめたさを少し軽減させて、楽しめる夏にしたいと思う。なにより、自分が聞きたい曲を弾きたいと心から思う。




